さてめしアネックス
放浪旅と、名物と…
変わった地名ハントツーリング(1) 東京/神奈川の境で
かつてはMTBとともに山に入ったりして登山道などを走ったり…それ以上に押し歩いたり(笑)してて、まあ世紀が変わる頃がピークでしたが、その頃から必然的に地形図を“読む”ようになりました。
そして今ではひまなときに何となく眺めてたり…今は電子地図があるから持ってないエリアのそれも、買わなくても眺められるところが便利なのですよ。

橋本到着

地形図が一般の地図と違うところ…やっぱり、過去の字(あざ)などが記されてることもあるってところでしょうか。現在でも地元では通称として使われてるんでしょうね。
以前、“先祖”というところや“新幹線”というところを訪ねましたが、今回もそういった輪行ツーリングです。今回は京王相模原線/横浜線の橋本駅からスタートです。

地元は読める

地形図に記されたそれは位置的には大ざっぱなので、その痕跡などは一般の地図で探すことになるのですが、今回は机上調査で簡単に見つかりました。
まずは公園です。まずこれ…ちょっと読めませんが、地元のかたがたは普通に読めるはずですよね。

相原蚕種石児童公園

蚕種石と書いて“こだねいし”と読みます。地形図で発見した際、当然読めませんでした。
まあ、お蚕様が絡んでるのか…どっちにしても現在の正式な地名としては使われてません。

横浜線相原付近

そしてもう一ヶ所、この近くに発見したそこへとフレッタを走らせます。写真はJR横浜線の相原駅付近ですが、そこから至る地はまた“何?これ”な地名だったんです。

相原さくがあらく緑地

これは緑地の名前として、その名を今に伝えています。ここではひらがなで“さくがあらく”と書かれてますが…これは難しいですよ。現在の地形図では“作ヶあらく”と表記されてますが、この“あらく”という漢字は初めて見ました。

余の下に田

“余の下に田”というかたちですが、これは焼畑のことだそうで、言われてみれば確かに傾斜地ですから、何となく意味が解ります。
そういうところの開墾に焼畑は付き物だったんですよね…という知識は宮本常一氏の、山の民関係の著作で知ったのですが。

目的が判らない

ただ、この緑地というのが…先の写真の階段脇にあるのですが、周囲を高い壁に囲まれてて…目的が判りません。
災害の際のバッファーゾーンみたいなものでしょうか。

作ヶあらくと蚕種石

地形図から。これは『カシミール3D』の『カシバード』で作ったものですが、付属の数値地図がデータの古いもので、かつては作ヶあらくも漢字に振り仮名(=これのあらくは“いりがしらに番”ですが)だったことが解ります。

さっそくふたつの地名ハントに成功しましたが、このあとにもまた意味深いところがあるんです。感慨に浸ってる場合じゃないぞと、そこへとペダルを踏み始めました。


(つづく)

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